初陣

 敵が奇襲的な上陸を仕掛けてから1か月が経とうとしていた頃、学園の補給車両隊は前線で戦う離島警備隊の為に物資弾薬を運んでいた。山﨑ら12名の生徒が普通科の操る学園車列の警備を担当した。本来の主要補給路は道中の橋が破壊されたため、主要道路を外れ田畑に囲まれた農道を進んでいた。

 車列前方の人員輸送トラックの荷台で山﨑ら小銃隊幹部生徒は戦況を話し合っていた。
「――なんだって奴さんはこんな辺鄙な島に出張ってきてんだろうな。確保したところで戦略上なんの利益もないどころか、兵站を圧迫しそうなもんだが。」
「陽動だろうよ。」岡田の疑問に冨士原は答えた。「装備はポンコツだが、数だけは向こうが上だ。本土の守備戦力を少しでも分散させたいんだろうよ。」
 月読島は本土から幾分離れた小さな島だった。地下資源などもなく、ここからどこかへ行けるというわけでもなく戦略的価値がない。敵の狙いが本土の資源地帯、その先の本土首都であるのは明白だった。とすると冨士原の推測はおそらく正しい。この島への攻撃が陽動だとするなら、本国がここに増援を送るのは敵の思うつぼだ。水嶋もそれに気づいたのだろう、少し不安そうな顔をした。
「増援は来てくれるでしょうか……」
「……来てくれるさ、必ず。」山﨑はそう答えるしかなかった。

 車列が大きめの用水路にかけられた短い橋に差し掛かり、ゴトゴトと音をたてながら一台二台と渡っているとき、激しい金切り音に全員が振り返った。
「止めろ!」山﨑は荷台からトラックの天井を叩いた「――全体下車用意!」
 トラックが止まったのを確認して山﨑らはトラックから飛び降り、音のした橋に駆け寄った。橋は砲爆撃で痛んでいたのか、老朽化か、あるいはトラックが重すぎたのだろう。三台目が通過しようとしたそのタイミングでついに耐え切れなくなり崩れ落ちたらしく、後輪が崩れた橋に飲まれていた。三台目の輸送トラックを運転していた菊池は山﨑を見るなり申し訳なさそうに何度も頭を下げた。
「本当に申し訳ありません……」
「不運な事故だ、仕方がないさ。それより、怪我はないか?」
「はい、大丈夫です、すみません……」

 頓挫したトラックの荷台にひっくり返った”ともか×ともか”を見つけた山﨑らは目を丸くして驚いた。
「おい、なんでお前らが居るんだ。2回生は訓練中だろう!」逃げようとした二人を岡田が素早く捕まえて問い質した。”ともか×ともか”は普通科の2回生で、入学したとき下の名前が同じと言うことで親しくなり、いつも二人で行動しているためそう呼ばれるようになった。自分たちを率いる隊長の岡田をとても慕っており、岡田も、やんちゃながら教育し甲斐のある後輩をいたく気に入っていた。やたらと手の込んだイタズラさえなければ完璧だったのだが――。
「荷下ろしの手伝いです。ちゃんと命令書は持ってますよ先輩!」そう言って二人は山﨑の署名入りの命令書を取り出し見せつけた。たしかに山﨑本人の筆跡だった。やり取りを聞いていた菊池は顔を青くしていた。どうやら山﨑と同じくこの偽造書類の被害者らしい。
「まったく、あなた達は……」署名した記憶がまったくない山﨑は、いったいどんな細工をしたのかと、トラックの件以上に頭を抱えた。

 空襲対策に前後の車列を近場の木陰に潜ませ、周囲を防御する陣形を整えた。時折聞こえる砲撃音に怯える普通科生徒は居たが、ほとんどの生徒には聞き慣れた音であり、戦場の遥か後方と言うこともあり概ね落ち着いた様子だった。

 別のトラックで牽引して何とか引きずり出し、工業コースで車両工学を学んでいた村山は車体の下を覗き込み状態を確認した。しばらく眺めた後、頭を抱えながら報告した。
「こりゃ腹をひどく打ち付けましたねぇ、牽引も難しいかも。」
「どうする、行動可能なトラックだけで先に進むか?」
「いや、護衛が分散するし、貨物を捨てたあってはと離島警備隊も五月蠅いだろう。」岡田の提案に山﨑は首を横に振った。離島警備隊とは犬猿の仲だ。ことあるごとに互いの揚げ足を取るのに夢中になるような関係で、今回の件も何を言われるか分かったものではなかった。急ぎの輸送任務ではなかったため、代替のトラックと施設課の仮設橋設営を待つことにした。

 そんなやり取りをしていると、冨士原が山﨑に尋ねた。
「ボス、付近に警備隊の活動予定はあるか。」
「いや、報告は受けてないな。どうした?」
「西の森で人影を見た気がする。」
 離島警備隊の陣地はまだ先だ。後方警戒をするにしてもそんな場所を移動しているはずはなかった。
「この辺りは避難も済んでんだし、気のせいじゃねぇか?」
 岡田はそう答えたが、冨士原の直感は鋭い、山﨑が双眼鏡を覗き込み、言われたあたりを捜索すると、たしかに一瞬草木が不自然に動いたような気がした。
 更にその付近を見回すと、人影が見えた。
 銃を持ち、こちらを狙っている――。

「敵襲!」
 山﨑はあらんばかりの声を張り上げ、生徒たちは道路沿いの用水路に飛び込んだ。それと同時に辺りは激しい音と衝撃と土煙に包まれた。

「クソがっ、なんでこんなところに敵が居るんだ!離島警備隊のやつらは何をやってんだ!」
 岡田の悪態を聞き、山﨑は一瞬だけ友軍誤射の可能性を考えたがそんなはずはなかった。学園の制服は特徴的で遠方からでも識別できるはずだ――。山﨑は迷いを捨てた。
「杉元!機銃に付け!撃ち返せ!」
 山﨑は四輪車を指さしてそう叫ぶと、杉元は車列先頭を守っていた四輪車に固定してあったM1919機関銃に飛び付いて射撃を始めた。生徒たちが使うライフルと同じ弾薬を使うが、弾薬ベルトにつながった100発を途切れなく射撃できるM1919機関銃は敵の行動を牽制するのに最適だ。杉元の放つ曳光弾が敵の発砲炎付近に吸い込まれていく。敵の射撃が少し鈍ったように感じた。

 山﨑はあたりを見回し素早く状況を整理した。こちらは車列の普通科を入れても20名弱、敵は倍かそれ以上の規模。増援が必要だ、今すぐに――。
「本部に連絡しろ、動ける選抜科の3回生をかき集めて連れてこいと!」無線手の山中を捕まえて指示を出した。車列を担当していた普通科生徒も含め、多くが事故現場に集まっていた。一か所に固まっているのは得策ではない。早く散開しなければ――。
「他はついてこい!」と叫ぶと山﨑は四輪車の班をその場に残して、他の全員を引き連れて用水路の中を素早く移動し左右に陣形を広げた。走りながら山﨑が手で合図し、その場所に一人、また一人と生徒を配置し射撃陣形を整えた。

 ”ともか×ともか”も先輩たちの指示に従って陣形に参加しようとしたが、岡田がその肩を掴んで止めた。
「お前ら2回生は駄目だ、――」不満そうな二人だったが、岡田が担いでいたBARを見せ、ニヤリと笑った。BARは20発の弾倉を有する全自動射撃が可能な軽機関銃で、M1919機関銃ほどの火力はないが、一人でも(なんとか)持ち運び・射撃ができ、個人用火器では最も破壊力のある岡田の愛用兵器だった。装填手の補助を受けた止め処ない高速連続射撃は1挺で10人分のライフル射撃に匹敵するだろう。「――こいつを手伝え。」

 用水路に数メートル間隔で生徒を配置し、各々が各個に射撃していた。理想的な横陣形だ――。しかし、このままここに居ても囲まれる可能性が高い、用水路から一瞬頭を出して辺りを見回した山﨑は左側面に小さな丘の上に経つ納屋を見つけた。あそこからなら理想的な十字砲火が展開できるはずだ――。
「冨士原!あそこに納屋が見えるな、生垣を伝っていけば安全に移動できる。合図で道路を横断しろ、数名連れて行け。」
「OK、ボス!木村、宮野、安武!」冨士原は3人を素早く選び出すと、持っていた短機関銃を装填して移動の態勢を整えた。

「全体!私の合図で制圧射撃!」山﨑の号令で、生徒達が全力射撃のための準備を始めた。

「よし、ぶちかましてやる。」岡田は持っていたBARの射撃速度を高速連射に切替ながら、”ともか×ともか”を呼び寄せ「いいな、教えた通りすぐ弾倉を渡せ、間違えて空弾倉寄越すなよ。」とおどけて見せた。
 二人は頷いて肩掛け鞄から弾倉を用意した。岡田を慕っていた二人は岡田の射撃場通いにしばしば同行した。岡田に様々な武器の狙い方や撃ち方を習ったが、BAR軽機関銃の全力射撃は特に気に入っていた。射撃に合わせて弾倉を横から手渡して素早く装填し、空になった弾倉にバラの弾薬を詰め直す。一人で操作するよりも数段早く、厚い弾幕を張ることができた。

 山﨑は一息置いて敵機関銃の弾幕が途切れるのを待った。装填に入ったのだろう、一瞬戦場が静かになった。今だ――。

「制圧射撃!――」山﨑は用水路を上って峰に膝を置き、大きく身を起こしライフルを構えた。山﨑の姿を見ていた生徒達は一瞬度肝を抜かれたが、それに続いて頭を上げ銃を並べる。「――撃ち方始め!」山﨑の号令と共に生徒達の火器が一斉に火を噴いた。
 山﨑は弾倉を撃ちきるまで連射し、弾切れを知らせるクリップ射出の金属音を合図に振り返った。
「冨士原!行け!」
 冨士原たちは用水路を飛び出すと、何もない道路を素早く横断し、向かいにある納屋へと続く生垣へと飛び込んだ。最後尾に居た木村が生垣にたどり着いたのを確認した山﨑は用水路に再び滑り込んだ。

 しばらくの後、納屋の窓から発砲炎が見えた。射撃は敵側面に直撃し、十字砲火に晒された敵は混乱したように足を止めた。

「山﨑隊長、施設課の生徒が到着したようです。」無線手の山中が無線からの報告を伝えた。山﨑は今後の方針を組み立てた。今は抑え込みに成功したものの依然として敵の攻勢が激しく、仮設橋設置は危険だ。増援が到着して支援攻撃を整えたほうが良い――。
「水嶋、集結地点で施設課の誘導を頼む。本部からの増援が到着してから仮設橋設置を開始するから、そばで待機させておいてくれ。」永村の手伝いをしていた水嶋に指示を出した。

 伝令に出る水嶋の背中を見送り、戦場を見回した山﨑は、主導権を握ったと確信した。

 その瞬間、敵集団から激しいマズルフラッシュに混じって大きな土煙が上がり、銃声よりも大きな轟音と共に頓挫していたトラックが爆発、炎上した。初めて聞く音と衝撃に山﨑も何が起きたか分からず驚きのあまり用水路を少し滑り落ちた。山﨑は急いで上りなおし、敵集団の土煙が上がったあたりを見回し何が起きたのかを探ろうとした。草木なぎ倒しながら砂塵を上げてゆっくりと近づいて来る巨大な鋼鉄の怪物を見た誰かが叫び声を上げた。

「――敵戦車!伏せろ!」